危険にさらされた時に、逃げるのは当たり前。
火事に遭遇した、地震が来た、暴漢に襲われた。
自分の身を守るために逃げるのは、当たり前のことだ。
昔から津波に襲われることが多く、東日本大震災でも大きな被害を出した三陸地方では、「津波てんでんこ」というい言葉があるそうだ。
津波が来たら、他人のことをかまっている余裕はない。とにかく自分一人でも、てんでんばらばらでも、一目散に高台目指して逃げろ。という意味らしい。
もちろん、状況によって逃げ方は様々だろうけれども、逃げるということは悪いことではない。
恥でもない。
(「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマがあったけれど。)
理不尽な扱いから逃げろ
世の中には理不尽なことが沢山ある。
会社や仕事、その他の人間関係において、理不尽に扱われるようなことがあったら、逃げることも大切だ。
困難から逃げてはいけない、という論調もあるが、理不尽からは逃げるべきだと思う。
自分が人として尊重されないような場所からは、いち早く避難したほうが良い。
そんな場所にいても、自分は幸せになれないし、苦しい思いをするだけだ。
まずは避難して、安全な場所で次の一手を考えればいい。
逃げるのは悪いことではない。
多忙から逃げろ
多忙というのは、自分が尊重されていないことの一つである。
十分な休養が与えられないような状況というのは、理不尽な扱いをされているんだと認識しよう。
人間は機械ではない。
十分な休養を与えられなければ、本来持っているパフォーマンスを発揮できないし、幸せを感じることはできない。
いや、機械ですら、休みを与えられ、きちんと整備されなければすぐに壊れてしまうだろう。
しっかりと休養できない。
そんな状況からは、全力で逃げないければいけない。
ハラスメントから逃げろ
ハラスメントというのは、いじめだし、暴力でもある。
自分が尊重されていないことは明白である。
そんな状況、そういう人からは距離をとろう。
まずは逃げることを考えよう。
一度逃げて、安全を確保しよう。
逃げるのは立派な戦術
逃げる、撤退する、距離をとる。
これは立派な戦術だと認識しょう。
まずは、自分の身を守ることを考える。
自分が傷つけられる状況から脱出することは、決して悪いことではない。
逃げる際に、誰かの手助けが必要ならば、声をあげて助けを求めよう。
自分一人で悩んでいてもらちが明かないような状況でも、手助けをしてくれる味方がいれば、逃げられるかもしれない。
逃げるな!という声に惑わされる必要はない。
逃げるが勝ち、という言葉もあるのだ。
自分に対して逃げることを許そう
自分は逃げない。
逃げることをよしとしない。
最後まで戦う。
潔い言葉に聞こえるけれど、勇気ある撤退ができる人になろう。
逃げ時を判断できる冷静な判断力を持とう。
自分が逃げることを許そう。
まとめ
この記事は、逃げることができずに、自分を追い込んでいく人に向けて書いた。
辛ければ逃げればいい。
まずは、自分の身を守ろう。
逃げて態勢を立て直すことは、悪いことじゃないよ。
当たり前のことなんだよ。
その事を忘れないでほしい。
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