【学び】日本の教育について考える-「オランダ・デンマークに学ぶ 新学問のすゝめ」というイベントに参加して

サイボウズでの僕 子育て・教育
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サイボウズでの僕

僕の父親は都立高校の英語教師を務めた後、中学校の教頭、校長を歴任した教師だった。
母方の祖父は、戦前、尋常小学校の校長先生だったし、祖母もまた学校の先生だった。

そんなわけで、僕の親せきには教師が多い。
教師一家に育ったと言っても過言ではない。

そんなわけで、僕は教育というものに対して、若いころから興味がある。
興味があるというか、とても身近なものとして感じてきた。

さらに、自分がうつに苦しんだことによって、自分がこれまで受けてきた学校教育を振り返り、そこで受けてきた教育というものに疑問を持っていたし、カウンセラーになるにあたって、人の心理を学び、多くの悩める人たちの話を聴くにつれ、今の日本の教育についての問題点を意識するようになった。

さらに、僕の子どもたちが、まさに今、学校教育の真っただ中にいる関係もあって、ますます、教育について考えるようになった。

僕は別に教師ではないけれど、日本にこれだけ多くの精神疾患を患う人がいて、自殺者も多いのは、やはり教育に問題があるんじゃないだろうかと思うようになった。

誤解の無いように言っておくけれど、これは公教育のシステムの問題だと思うし、このシステムで育てられた人が社会の大半を構成しているということを考えると、もはや社会全体の問題だということだ。
つまり、私たち一人一人が、考えなければいけいない問題であって、学校だけを悪者にすることはできない。むしろ、今現在、学校の現場で奮闘している先生方は、このシステムに苦しんでいる当事者であると思う。

この問題を解決しなければ、多くの人が苦しむ、今の日本社会を変えることはできないと思う。

そんなことを考えているものだから、ほかの国の教育システムが気になる。
特に、幸福度が高いとされる国々の教育システムはどうなっているんだろう、というのが気になるところだ。

そんなわけで、昨日、日本橋のサイボウズ(株)本社で開催された興味深いイベント、「オランダ・デンマークに学ぶ 新学問のすゝめ」というイベントに参加してきた。

このイベントは、日本で教育に携わる有志の人たちが、オランダとデンマークの教育について視察してきたその報告と、そこから学んだことをシェアするというものだった。

ここで僕が印象に残ったことを、このブログでシェアしたいと思う。

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公教育の目的

これは、まったく根本的な問いなのだけれども、そもそも、公教育とは何のために、何を目的に行っているのだろうか。
こんな大事なことを、果たして考えたことがあるだろうか?

改めて、この問いを投げかけられて、すらすらと答えられる人はそう多くはないではないか。

もともとは、フランス革命によって、王政から民主主義を選択した市民が、自分たちで国を治めるために、市民の知的レベルを底上げする必要があったというところに由来する。

それまでは、支配階級の人たちだけが学んでいればよかったのだけれども、民主主義を手に入れるためには、市民全体のレベルアップが必要だったのだ。

もともとの公教育の目的はここにあったということだ。

しかし、その目的がいつの間にか、産業革命に飲み込まれていくしたがって、「効率よく物資を生産するための働き手を育てる」ということにすり替わっていったという経緯があるとのこと。

日本の場合は、明治維新後に、欧米列強に植民地支配をされないように、急速に西洋に追いつく必要があった。
そのために、富国強兵を掲げて、それを目的として公教育が始まったという経緯がある。

すなわち、最初から、効率よく経済を回し、さらには、強い兵隊を育てる、という目的で公教育が始まったのだ。
その結果、上の者の言うことをよく聞いて、勤勉であり、協調性があり、和を乱すようなことは良くない、という教育となっていったと考えられる。

第二次世界大戦後にも、この伝統は受け継がれて、その結果、あの高度経済成長を成し遂げたということになる。
もちろん、高度経済成長期というのは、戦争ですべてを破壊しつくされて何もない状態から、人口はどんどん増えていくという好条件が重なったから引き起こされたものだったので、社会の要求する教育の在り方としては間違えていなかったのかもしれない。

もちろん、問題はたくさんあった。
学校生活に適応できずに、落ちこぼれていく子や、道を踏み外していく子、いじめ、引きこもりなどの問題もあったわけだが、経済がどんどん伸びていくという中で、問題視されずに放置されてきたという経緯がある。

ところが、バブルが崩壊した後に経済は右肩下がりで衰退をはじめ、さらに人口は減少に転じている。
そのうえ、少子高齢化が進んでいくこれからの日本において、これらの問題が表面化してきている。

不登校、若者の自殺の増加、引きこもり問題などは、まさにその一端だろうと思う。

時代が変化しているのだから、公教育も変化しなければいけないはずなのだが、日本人はなぜか変化が苦手だ。
それこそが、これまでの公教育の負の遺産かもしれないとすら思う。

上から言われたとおりに、波風を起こさずに物事を進めていくということを、徹底的に教え込まれた世代(まさに僕たちの世代)が国の中枢にいて、社会を動かしているからだ。

僕はそう思っている。

ビジョンが大切

結局、何のための公教育なのか、というビジョンがない、あるいは、そのビジョンが間違えているか時代遅れになっているのだろうと思う。

人口が減少して、市場が縮小していくのは目に見えているのに、いまだにこの国は経済発展を目指そうとしている。
バブル時代の夢をもう一度、経済的に強い日本をもう一度、と、過去に戻ろうとしているように見えるのは僕だけではないはずだ。

しかし、当時とは状況が違う。
もう、そういうビジョンを掲げていること自体が間違えているではないだろうか。

国としての在り方として、どのようなビジョンを掲げていくのか。
今回紹介された、オランダにしてもデンマークにしても、国としてもビジョンがはっきりしている。

そのビジョンに基づいて、公教育の在り方が決められおり、そこに一貫した意志を感じる。

デンマークの教育の目的は国民の幸福

世界幸福度ランキングのトップスリーに毎年ランクインするデンマーク。

デンマークという国は、国民が幸福であることを真剣に考えている国である。
幸福な人生とは何か、ということを、長い年月をかけて議論し、国民が幸せである社会を作るために国として何ができるかを真剣に考えている。

もちろん、問題がないわけではないけれど、その問題についても、長い年月をかけて議論して解決していく。
そういうことをずっと続けてきた国だし、これからもそういうことを続けていく。
そして、状況に合わせて、どんどん変化していく。

それができるのも、国としてのビジョンがはっきりしているからだろう。

日本だってできる

今の日本の社会は問題だらけだと思うけれども、僕は日本人の能力は低くないと思っているので、時間をかけてじっくりと議論をしていけば、日本だってデンマークのように幸福な国になれると思う。

昨日のイベントに際して、オランダ視察の際のコーディネート役だったリヒテルズ直子さんと、デンマーク視察の際のコーディネート役だったニールセン北村朋子さんとの、ネット通信を使った講演おいて、日本もそんなに遅れているわけではないというお話が出ていた。

昨日、会場に集まった人たちの熱気を見ても、もしかしたら、そうなのかもしれないと思った。

学校関係者も多く出席していたようだし、先進的な試みをしている学校も少なくない。
じわじわと、今の公教育の在り方について疑問を持つ人たちが増えていくことを願ってやまない。

不登校が増えている、引きこもりが増えている、若者の自殺が増えている、こういう現象はこの社会が病んでいる証拠だし、それを教えてくれているんだと思う。
そして、そのことに気がつく人が、どんどん増えているようにも思う。

日本も変わらなければいけないところに来ていると思うのだ。

まとめ

心を病む人が多いというのは、この日本の社会が病んでいると言っていいだろう。

その病を治していくには時間がかかるかもしれない。
そのためには、多くの人がこの問題について考えていかなければいけないと思う。
そして、教育というのは、こういう社会に風穴を開ける一つの強力なフックになると思う。

僕は教育者じゃないけれど、この問題については今後も考え続けたいと思うし、微力ならが発信も続けたい。
心理カウンセラーとして、心を病む人を減らすために、教育にはぜひとも変わってもらいたいと思うからだ。

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