定年後の人生を設計できていますか?-主体的に生きる

シニア男性 働き方・キャリア
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シニア男性

僕は、今年で55歳になる。
もしサラリーマンなら、そろそろ定年後のことが気になる年代になってきた。

幸か不幸か、僕は自営業者なので定年というものがない。
しかも、国民年金だから、年金生活なんて夢のまた夢でしかない。
だから、働き続けるしか選択肢がないんだよね。

でも、サラリーマンの方々は、定年後にどのような生き方をするか、という問題に直面しているんだろうと思う。
ある年齢になったら、嫌でも会社を辞めなければいけない。

定年後の人生は意外と長い

人生100年時代と言われる昨今。
仮に100歳まで生きるとすると、定年後の人生はナント40年もある。
いや、たとえ80歳までとしても20年もあるのだ。

考えてみると20年って長いよね。
20年あればいろんなことができると思う。

昨日、とある人とお話をしていて、世のサラリーマン諸氏の定年後の人生のことを考えてしまった。
その方は、ご自身ももうすぐ定年という方なんだけれど、会社の同僚を見ていると、みんな定年後のことをあんまりちゃんと考えていないんじゃないかと心配になっていると。

僕は、こんな仕事をしているから、サラリーマン諸氏の実態がよくわかっていなかったんだけど、その人の話を聴いていて、なんとなくわかったような気がした。

人生は死ぬまで続く

そんなサラリーマン諸氏には、「人生は死ぬまでが人生ですよ」と言いたい。
「遠足は家に帰るまでが遠足です」って、小学校のころによく言われたようにね。

なんでこんなことを書くかというと、僕が経営しているあおぞら整体院に、定年後のシニア世代の方が来て「現役時代のように情熱を傾けられるものが見つからない。」という悩み事を相談されることがあるからだ。

もちろん、人生に正解はないのだから、悠々自適の生活を楽しんでいるという人もいるだろう。
それはそれで、本人がそれを望んで、満足しているのであれば問題ない。

しかし、会社員時代は、目の前に仕事が与えられてそれをこなしていればよかったのだけれど、会社を離れるとすべて自分で決めなければいけなくなる。
誰も、こうしろああしろと指図する人はいなくなるのだ。

本来、人生は自分で全部決断するものなのだけれども、決められた人生のレールの上を走り続けてきたような感覚の人は、すべて自分で決めなければいけないという状況になった時に戸惑うことも少なくないのだ。

せめて最後は主体的に生きよう

定年後をどのように過ごすか。
という問題は、人生の最後をどのように締めくくるか、という問題なんだと思うんだ。

それに、強制的に自由の身になってしまうわけだから、最後ぐらいはその自由を謳歌してほしいと思う。

自由って素晴らしいことだけど、結構大変なんだよね。
自分で全部決めないといけないし、自分から動かないと、向こうから何かがやってくるなんてことは稀だし。
ぼーっとしていると、どんどん孤独になっていくよね。
それで病んでしまう人も多い。

せっかく、この自由な時代に生まれてきたんだから、やりたいことをやりつくして欲しいと思う。
ある意味で、良い時代なんだから。

定年を待つ必要はない

これを読んでいるあなたが、まだまだ定年は先の話だとしても、人生は基本的に自由なんだということを忘れないでほしい。
どのような人生を歩くのかは、自分で決めていいんだ。

「会社勤めをする」というのは、数ある生存戦略のうちの一つにしか過ぎない。
そして、それを選択したのは、まぎれもないあなた自身なのだ。

人生100年時代の戦略として、何歳で会社を辞めようがそれこそ自由なんだ。
会社の中に長い間いると、会社の中が世界になってしまうかもしれないけれど、その外側にさらに広い世界が広がっているという視点を持ってほしい。

その視点を持ったうえで、会社に勤めるというのは人生の選択肢の一つである、という認識を持ってほしいんだよね。
そうすれば、おのずと、今後の人生の戦略を立てることが出来るようになる。

何歳まで生きるかわからない

人は何歳まで生きるかわからない。
100歳まで生きるかもしれないし、その反対に、もしかしたら今日死ぬかもしれない。

どこで死ぬかわからない、という前提で人生を考えてほしいと思うな。

人生は死ぬまでが人生なんだよ。

まとめ

人生100年時代と言われるようになった。
しかも、日本は超高齢化社会。

この時代をどのように生きていくのか。
常に、主体的に考えていたいし、多くの人に、そういう感覚を持ってほしいなあって思う。

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