誰かの期待に応えようといてはいけない

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人は、誰かに期待されるとそれに応えようとしてしまう。
でも、それが苦しみの根源になっていることは多い。

とくに、その期待の姿が、自分のやりたいことやありたい姿と違う場合に、その期待が苦しみに変わる。
自分がやりたいことやろうとすると、誰かの期待を裏切ることになる。
誰かの期待に応えようとすると、自分のやりたいことを我慢しなければいけない。
そういう状態で悩む人は多い。

そんな時はどうすればいいのか。
結論を先に言えば、期待を裏切る方をお勧めする。
自分の気持ちを優先させるのだ。

親の期待ほど苦しいものはない

特に厄介なのが、親の期待だ。
子どもは、親に褒められたいと思う。
親の喜ぶ顔が見たいと思う。

だから、親の期待に応えたいのだ。

しかし、どうしても親の期待には応えられない。
自分の気持ちが、心がそれを拒否している場合、その板挟みで本人は苦しむ。

親の期待通りにはなれない。
それは本当に心苦しいのだ。

実際に、そういう相談をよく受ける。
高校生、大学生などが、その問題で悩んでいる。
もちろん、社会人になっても悩む人は多い。

親離れの時が来た

この問題は、親離れの問題だ。
親の元にいることが辛くなっているというのは、そこから離れて、自分の人生を歩き始める時が来たということなのだ。

自分の人生に、自分で責任をもって漕ぎ出すときなのだ。
親の期待を裏切るのは心苦しいけれど、自分の人生を歩けないのはもっと苦しい。

自分の人生を歩き始めるために、親離れをしなければいけないのだ。

親以外の周囲の人の期待にも応えなくていい

もちろん、親以外の周囲の期待にも応えなくていい。
学校の先生や友人たち、職場の上司や同僚など、周囲の人間が望むような人間になる必要はない。
これは、空気を読むとか、同調圧力というものに対しても同じ。

そんなことを気にして、自分が余計なプレッシャーを感じる必要はない。
自分は、自分の判断で行動すればいいのだ。

もちろん、表面上は合わせておく、というのはいい。
そのほうが、自分が楽ならそれでいい。

しかし、自分が苦しむほど、自分を偽らなければならないのであれば、その必要はないだろう。

自分の期待には応えよう

応えようとするのは、自分の期待だけだ。

自分はこんな人間になりたい。
こんなことをができるようになりたい。

自分の心の奥底から湧いてくる自分の期待には応えようとした方が、人生は楽しい。

その時に注意をしなければいけないのは、自分の期待だと思っていたものが、実は他人の期待だった、なんてことにならないようにすること。

他人に認められるとか、他人から称賛されることを目標に置くということは、結局は他人の期待に応えようとしているということだからだ。

自分はどうしたいのか。
自分はどうありたいのか。

そこは、とことん自分と対話と続けていかないと、なかなかわかりにくいものなのだ。
心の底から自分に期待していことって、意外にもわかりにくいのだ。

まとめ

周りの期待と自分のやりたいことが同じであれば、何も問題はない。
期待に沿えるように頑張ればいい。

問題は、周りの期待と、自分のやりたいことがズレている場合だ。
その時には、周り期待を裏切ろう。
自分のやりたいこと、ありたい姿を追求しよう。

一番喜んでもらわなければいけない人は自分なんだ。

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