【読書】世界は贈与でできている

世界は贈与でできている 読書
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とある方から勧められて、読んでみた。
おそらく勧められなければ読んでいなかった本かもしれない。

著者は哲学を専門とする方。
哲学のなかに「贈与」がテーマにある事を初めて知った。

僕は哲学というものがあまり好きではない。
食わず嫌いと言われればそれまでのことかもしれないけれど、なんとなく、「そんなに難しく考えなくてもいいのでは?」と思ってしまう。
普通の人はそこまで考えていないし、考えなくても幸せになれるのではないか。

この本においても、特に前半部分の「贈与」とは何か、ということを論考する部分は、僕には難解過ぎたし、正直に言って著者の考え方をすんなりと受け入れることができない部分もあった。
しかし、そういう部分をここに引用しても仕方がないので、そこには言及しない。

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資本主義の隙間を埋めるもの

この本の後半部分。
この本の主題で、ほんの副題にもなっている、資本主義の隙間を埋めるものとしての「贈与」についての主張は、とても分かりやすくすんなりと入ってきた。
そして、やはり人間は、助け合って生きているんだということを実感し、その人間社会を構成している一人の人間として、その助け合いに参加したくなったし、それで良いのだと思わせてくれたことをありがたく感じた。

現代の資本主義社会は、等価交換のやり取りによって成り立っている。
しかし、人間の行動は等価交換だけでは説明がつかない。
誰かの役に立ちたい、という欲求があるからだと思う。

社会を支えるアンサング・ヒーロー

僕が最も印象に残ったのは、堤防に開いたアリの穴を埋めるアンサング・ヒーローの話だ。
本書の中で内田樹氏の著書「街場の憂国論」の一説を引用していた。

ひとりの村人が道を歩いていたら、堤防に小さな「蟻の穴」を見つけた。何気なく小石をそこに詰め込んで穴を塞いだ。その「蟻の穴」は、放置しておくと次の大雨の時にそこから堤防が決壊して、村を濁流に流すはずの穴だった。でも、穴が塞がれたせいで、堤防は決壊せず、村には何事も起きなかった。
 この場合、穴を塞いだ人の功績は誰にも知られることはありません。本人も自分が村を救ったことを知らない。 (「街場の憂国論」、350頁)

 

その功績が顕彰されない陰の功労者。歌われざる英雄(unsung hero)。
アンサング・ヒーロー。
それはつまり、評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の災厄を取り除く人ということです。
この世界には無数のアンサング・ヒーローがいた。
僕らはあるときふと、その事実に気づきます。

ここの部分を読んだ時に、著者が言いたいことはここにあるんだなって思った。

つまり、この世界は絶妙なバランスを保っていて、そのバランスを支えているのは無数のアンサング・ヒーローであって、資本主義理論の等価交換の隙間を見返りを求めない贈与が埋めることによってバランスが保たれていると。

そういう世界観が見えてくると、自分自身もアンサング・ヒーローの一人かもしれないと思えるようになるし、無数の名もないアンサング・ヒーロー達に支えられているんだということを感じられるようになる。

些細な贈与の循環によって社会を支えている

蟻の穴を埋めた村人は、まさに贈与の送り主であって、その受け手は村人全員なんだけれども、その事に本人たちも気がついてない。

そして、自分が贈り物を受け取っていたということに気がついた時に、そこに贈与が発生して、受け取ったと気がついた人は、また、自分も贈り主になろうとすると。
そうやって、社会が成り立っている。

ということが、この著者の主張なのではないか、と、読み取った。
このような世界観を持つことができて、この本を読む価値があったと思った。

僕たち一人ひとりができる事は、堤防に開いた蟻の穴を塞ぐ程度の些細なことかもしれないけれど、それが積み重なることが、社会の安定を支えている。
多くの人が、そういう意識を持つことはとても大切なんだと実感できる。

例えば、このコロナ禍において、会食を控えるとか、マスクをきちんとするとか、手洗いをこまめに行うとか、本当に些細な行動の積み重ねが、誰かの命を救うことにつながっている。
そういう想像力を働かせることが大切なんだ。

堤防が決壊しないように贈与し続ける

僕自身の話になるけれども、僕がかつてうつ状態から抜け出した経験とか、整体師や心理カウンセラーとして知識や経験を、このブログやツイッターやYouTubeで発信するのは、それをどこかで受け取ってくれるかもしれない人への贈与なんだと思える。

それはたぶん、まったく無駄なことではなくて、どこかで誰かの役に立っている。
そして、この社会を支える一人として機能していると実感できる。

僕がなぜ、この仕事をしているかと言うと、予防が大切だと考えているからだ。
堤防の決壊の話と似ている。
決壊しなければ、なにごともない当たり前の日常が続く。
でも、決壊すれば大変な被害が出るし、その時初めて堤防の大切さがわかるのだけれど、そうなってからでは遅いのだ。

僕らみたいな非医療者で健康産業に携わる者は、堤防を守る人なんだ。
医療者は、堤防が決壊してから救助活動をする人や堤防を修復する人。
そう考えると、僕たちの存在価値に納得がいく。
自己肯定感が上がる(笑)

まとめ

贈与というのは、等価交換とは違うもの。
しかも、普段あまり意識されていないものかもしれない。

でも、贈与の循環があるから、社会が安定しているのだ、という視点を持つことができたことは、この本からの最高の贈り物だったような気がする。
あ、もちろん、この本には対価を払ったんだけど、それ以上の価値をもらったので、それは著者からの贈り物だと思う。

 

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