新型コロナウィルス感染拡大を防止するための緊急事態宣言が解除になった。
緊急事態宣言期間中に、多くの企業でテレワークや在宅勤務が実施された。
オンライン会議などの導入が一気に進み、これまでの働き方の無駄が露呈することもたくさんあったことだろう。
しかし、解除と同時に、元の働き方に戻ろうとする動きがあることも否定できない。
長時間の通勤時間、無駄な会議など、是正に向けて動き出す企業もあれば、元にも戻ろうとする企業もある。
どちらに動くかで、将来の勝敗が決まると思うのは僕だけではないだろう。
勤務時間で評価するバカらしさ
僕は仕事柄、健康という側面から物事を見ている。
そして、多くのサラリーマンの健康を損なっている問題が長時間労働であることは間違いない。
僕が経営する整体院にも、長時間労働で疲弊した人たちがやってくる。
「毎日のように終電で帰ってきて、睡眠時間が4時間程度の生活をずっと続けている」などという話を聞くと、本当に心配になる。
働き方改革が叫ばれるようになって、かなり減っては来ているかと思うけれど、長時間にわたって働く人が「頑張っている」と評価される価値観や、残業時間が多くなるというシステムがいまだ多くの会社で残っていることに疑問を感じていた。
もちろん、業種によっては、そのような評価方法にならざるを得ない場合もあるだろう。
しかし、労働時間で評価しなくてもいい、あるいは、そういう方法では評価できない業種もあるはずだ。
にもかかわらず、これまでの慣例に従って、労働時間で勤退管理をしていた企業も多かったことだろう。
そういう事実について、今回のコロナ禍においてはっきりと自覚した企業も多かったのではないだろうか。
在宅勤務は、勤務時間での勤退管理が難しい。
なぜなら、どこまでが家事で、どこからが勤務なのか、その境目がはっきりしないからだ。
ならばどうすればいいのか。
そういう問題に直面することで、「果たしてこれまでの労働時間による勤退管理方法でいいのだろうか?」と考えた企業もあったに違いない。
仕事の成果をどのように評価するか、という問題について、改めて考える機会を得たと言えるだろう。
従業員が同じ成果を上げるならば、短時間でおわる人のほうが高評価になるのが普通だと思うのだけれど、そういう評価が出来ていなかったことに気づいたのではないか。
すでに十分な成果を上げつつ短時間で仕事を切り上げてる人に対しての評価は、これまではきっと高くなかったのではないか。
早く帰る余裕があるならもっと仕事をこなせるだろう、と、より過酷な仕事を課してきたのではないか。
そして、それが原因で、能力の高い人が疲弊して精神を病んでいく。
そういう人が、やる気を失ったり、会社を辞めたりしたら、それこそその企業にとっては大きな損失になるはずなのだが、そこに気がついていないのだ。
従業員側からすれば、そうなることを防ぐためには、だらだらと長時間をかけて仕事をするほうがいいに決まっている。
それで、残業時間も増えて、より多くの報酬を得られるのであるから、そんなにいいことはない。
勤務時間が長い人のほうが頑張っている。
そう評価することのバカバカしさを痛感してほしいと思う。
そして、短時間で成果を出すことに対して、もっと高い評価を与える必要があるのではないか。
在宅勤務で勤退評価するためには、時間による管理ではなく、何か別の方法で管理するしかないのではないか。
今回のことが、そんなことを考えるきっかけになった企業も多いであろうことを期待する。
ここでどう変化するか
私たちは、このようなことを考える機会を得た。
この経験を、今後どのように活かしていくか。
その活かし方によって、これから差が出てくるに違いない。
コロナ以前の働き方に戻るのか。
ここで一気に方向転換をしていくのか。
コロナで経済が打撃を受けたとはいえ、労働人口が減っていくことや、日本の人口が減って市場が縮小していくという方向性は変わらない。
長い目で見たときには、やはり、従業員を大切にする会社が生き残るのは間違いないだろう。
イケイケどんどんで、従業員の尻をひっぱたいてきた時代はもうずいぶん昔の話になってしまった。
今の経営陣のほとんどは、そういう時代に育った古い感覚の持ち主だ。
私も同年代だからよくわかる。
しかし、もうすでにそんな時代ではない。
テレワークでもできる事が沢山あるということを知ってしまったのであるから、時代の流れは加速しているのだ。
まとめ
コロナ禍で多くの人が、在宅勤務やテレワークを体験した。
この事実はとても大きいと思う。
さらに、コロナの脅威だってまったく無くなったわけではないのだから、これからも人との不要な接触はなるべく減らしたほうがいいのは間違いがない。
健康に携わる者として、これがきっかけになって、多くの人がコンディショニングの重要性について気づいて欲しいと思う。
私たちは、この経験を次に生かしていかなければいけない。
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