僕は、心理カウンセラーと整体師をしている。
整体師という仕事柄、「バランス」というものについて考える機会が多い。
バランスとか、ちょうどいいところとか、いい塩梅とか。
それが一番難しい問題なんだってことを痛感する。
「なにごとにもちょうど良いところがある。」
これが僕の持論。
なにごとにもちょうど良いところがある
人の健康には、ちょうどいいところというものがある。
運動不足は良くないけれど、運動のし過ぎもよくない。
栄養失調はよくないけれど、食べ過ぎは良くない。
睡眠不足はよくないけれど、寝すぎは良くない。
塩分が無いと生きていけないけれど、塩分の取り過ぎは良くない。
ストレスにもちょうど良いことろがある。
じゃあ、「ちょうど良いところというのはどこなのか」という問題は難しい。
個人差もある、年齢によっても違う、体調によっても違う。
ちょうど良いところというのは、常に違う。揺れ動く。
どこまで行っても、これでいいというところはない。
常にフィードバックをして、微調整をしなければいけない。
人間関係も同じ
人間関係についても、同じようなことが言える。
利他的であることが良いと言われることがあるが、自己を犠牲にするようになると不幸になる。
だからと言って、我がままばっかり言っていても不幸になる。
周りの人間の幸せが、自分の幸せになるというのは事実だけれど、自分が我慢ばかりをしていたのではだめだ。
自分も幸せで、周りも幸せ。
そういう状態を作り出すのが困難な場面も出てくる。
ここでも、バランス感覚が求められる。
状況によって違う。
状況判断が的確にできるか。
それはとても難しいことのように思える。
それが、人生の難しさなんだよな。
極論に引っ張られるのは危険
この難しさ、モヤモヤした感じを表現するのも難しいし、伝えるもの難しい。
そして人間は難しいことを嫌う。
だから、極論をスパッと言い切る人が重宝されるし、そういう人の意見に引っ張られる傾向にある。
僕の業界で言えば「○○を揉めば健康になる!」みたいな、「これだけで大丈夫」みたいな、極端に単純化されたものに飛びつく人たちが沢山いる。
それはとても危険。
健康も、ダイエットも、金儲けも、政治的なイデオロギーも、全部おなじ。
実際は、よくわかりにくいバランスの世界なのだけれども、極論に引っ張られる。
それは、単純だから。
解りやすいから。
表現が楽だから。
早いから。
でも、実際の世の中はそんな風に単純にできていない。
言葉尻を捉えてわかったような気になる心理も同じ。
世の中は単純じゃない。
バランスの世界で私たちは生きているのだ。
全体を俯瞰的に見る
世の中は多面的で、切り口によって全然違う風景が見える。
バランスよく全体を俯瞰していなければ、本当のことはわからない。
俯瞰的に物事を捉える力というのは、とても重要だと思う。
そういう見方が出来なければ、バランスをとることができないからだ。
俯瞰的に物事を見る視点を持つ必要がある。
近視眼的になると、全体が見えない。
全体が見えないと、バランスを取るのが難しい。
失敗を積み重ねる
人生の難しさは、バランスの難しさだと思う。
バランスを取るのはとても難しいのだ。
どこかに最適な場所があるはずなのだが、それがわからない。
だから、試行錯誤をしながら探っていくしかないのだ。
やってみて、結果をフィードバックして、もう一度やってみて、探るしかない。
それはつまり、失敗を積み重ねるということ。
失敗を積み重ねれば、なんとなく、ちょうどいいところに近づいていく。
失敗をせずに、一発で最適解にたどり着くなんてことは絶対にない。
それが、バランスを取るということだ。
まとめ
人生の難しさは、バランス、いい塩梅を求められるからだ。
最適解がどこにあるかなんて、誰にもわからない。
だからこそ、試行錯誤を繰り返すしかないのだ。
失敗を恐れずに、試行錯誤を繰り返していこう。
それが人生というものなのだ。
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