いい人でいることをやめて自分の中の「悪人」の存在を受け入れよう

悪人

今日の記事は独り言。

昨日、ツイッターを見ていたら、自分のことを「悪人」だと言っている人がいた。
有名な人なので、その人の言動などを普段から知っていたので、僕にはその人が悪人には見えないのだけれども、それでも、自分のことを悪人だというその人の言わんとしていることも何となくわかった。

おそらく、「いい人でいようとすることが自分を苦しめる。」ということなのだろうと思う。

人は不完全な存在

人は不完全な存在だから、自分の中に「悪人」の部分が存在しているのは当たり前のこと。
それを否定して生きていると、自分の中の「悪人」に気がついたときに自己嫌悪に陥ってしまう。

ああ、俺って最低なやつだなあ、って、自分を否定してしまうことになる。

こうなると辛い。
いい人でいようとすることが、自分を苦しめているのだ。

自分の中の悪人の存在を受け入れる

自分の中に存在している「悪人」の部分を受け入れ、認める。
それも含めて自分なんだと肯定する。

僕に出来ていないことは、そういうことだなあ、って思った。

すべての人に当てはまるとは言えないけれど、とかくいい人になろうとしてしまう傾向が強い僕にとっては、自分の中に存在している「悪人」を認めることができれば、もっと生きやすくなるなあってひらめいたんだよね。

何だろな、自分の欲望とか、欲求とか、人間らしくだらしない部分とか、そいうことを受け入れてしまう。
そのほうが自由になれるし、エネルギッシュに行動できる。

清く正しく美しく生きていこうとすることは苦しいよね。
それで苦しい思いをしている人って多いような気がするんだよね。

いい子ちゃんを目指すのはやめよう

いわゆるいい子として生きてきた人は、いい子を目指すのをやめてしまえばいい。

僕も、かなりいい子として生きてきたし、昨日のツイートを見て、またその方向へ行っていることに気がついた。
ああ、また同じ過ちを犯すところだった。

いい子ちゃんを目指すのはやめて、自分の欲望を認めて、自分の言い訳を許して、自分に有利になるように立ち回ることを目指していいんじゃないかな。

そのほうが、生きるエネルギーが湧いてくるような感じがする。

いい子ちゃんと悪人のバランスにも、きっと、ちょうど良いところというのがあるんだろうと思うけれど、そんなことを考えているのはめんどくさいし、また辛くなってしまうような気もするので、何も考えずに素直に生きていくのが良いのだろうなあ。

まとめ

自分は悪人である。

そう認めることで、自分の欲望を肯定できるようになるのではないか。

そのほうが、生きるエネルギーが湧いてくる。