日本人が幸せそうに見えないのは「幸せ」について教わっていないから

ブランコに乗る女性

僕は、心理カウンセラーになってから、多くの悩めるひとの声を聴いてきた。
自分自身もかつて、うつ状態に陥った経験があるから、彼らの心情はよくわかる。

なぜか日本人には、メンタルを病んでしまう人が多い。
一説によると、日本人は遺伝的に楽天的な人が少ないということらしいが、それだけではないだろう。

僕は、この問題はこの国の教育にあると思っている。

北欧の教育は幸せを教えている

ここの所、幸福度の高い国々のことが気になる。
特に、北欧の国々。

幸福度の高い国々は、子どもたちの教育に力を入れている。
そして、彼らが一番念頭に置いているのが、「子どもたちの幸せ」だというのだ。

子どもたちが幸せでなければ、子どもたちはしっかりと学ぶことが出来ないというのだ。

北欧の人たちは、「幸せ」を教わっている。
そういう人たちが大人になって、幸せな社会を作り、その子どもたちに「幸せ」を教えていく。

こうして幸福度の高い国が出来上がるのだ。

日本の教育はどうか

日本で生まれ、日本の教育を受けてきた僕は、「幸せ」について教わった記憶がない。
僕の周りの日本人に聞いてみても、みんな教わった記憶がないという。

僕が教わったのは、協調性と努力と根気。
それを怠れば、村八分にされ、社会から落ちこぼれ、良い人生を歩けないと脅される。

社会は弱肉強食の競争社会で、学力で序列化され、年収で序列化される。
勝ち組と負け組、上流と下流、上級国民と下級国民という言葉が使われ、分断されている印象を植え付けられている。

下流に沈めば不幸であり、上流になれば幸せである。
いったん下流に落ち込めば、それは世代を通して連鎖して上流に浮上することは難しいと思い込まされている。

つまり、生まれながらにして不幸な人は不幸であり、努力を怠ればいつでも下流に転落し、一度転落したら二度と這い上がれない。

そうならないように、必死で勉強していい大学を出なければいけない。
それしか、幸せになる道はない。

そんなイメージを植え付けられたしまっているのだ。

幸せとはいったいどういうものなのか

しかし、上の文章を読んで、どう思うだろうか。
こんな社会で暮らしたいのか?

そもそも、幸せってそういうものなのだろうか?
年収で決まるのか?
学歴で決まるのか?

年収なんて上には上がいるものだし、学歴だってそう。
他人との比較において、幸せを定義しているであればキリがないよね。

幸せって、そもそもそういうものではない。
他人と比較できるものではないと僕は思うんだけど、どうだろうか?

そこのところをきちんと教えるというか、考えることが、この国の人たちには必要なんだと思う。

幸せは主観的なもの

僕は、幸せというのは、極めて主観的な感覚だと思うんだよね。
本人が「幸せだ」と思っているということ。

他人との比較において幸せかどうかを判断するような価値観を、子どもたちに植え付けてしまうのは教育としては失敗だと思う。

それから、親をはじめとする大人の価値観を押し付けるのもまた、失敗だと思うんだ。

人と比較することではなくて、自分がどう感じるか。
そこにフォーカスすればいいということを、教育の中で教えていく必要があると僕は考えている。

まとめ

多くの日本人がストレスを強く感じるのは、「幸せ」についてしっかりと教わったことがないからであると、僕は考えている。

日本の経済力が低下している今だからこそ、「幸せとは何か」という問いについて、一人ひとりがちゃんと考えてみる良い機会だと思うのだ。

幸せとは主観的なものだ。
あなたにとっての「幸せ」とはなにか。
どんな時に、幸せを感じるのか。

この問いについて、一人ひとりがしっかりと考えてみてほしい。