新型コロナウィルスのパンデミックについて考える

疑問を抱える女性 時事問題
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新型コロナウィルスの流行の第二波が来ている。と僕は思っている。
僕は、感染症の専門家ではないから、専門的な話はできない。
ただ、心理の専門家としての視点から、この問題について考えてみたいと思う。

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事実と解釈を分けて考える

まず、大事なのは、事実と解釈を分けて考えることだ。
人間は、とある現象を客観的に捉えるのが苦手だ。
どうしても主観が入ってしまう。

何らかの現象が起こっていると知った時に、ほぼ同時に、無意識に、自分なりの解釈をして理解しようとする。
そうして、無意識のうちに理解した世界は、自分の頭の中だけに広がっている世界であるにもかかわらず、それが真実の世界であると錯覚をしてしまうのだ。

ところが、この解釈は人によって違う。
つまり、人によって見ている世界が違うのだ。

こういうことを防ぐためには、実際に起こっている事実(ファクト)に着目して、それをできるだけ客観的に捉えようとする視点を持つことが大切なのだ。

もちろん、自分なりの解釈を加えることは悪いことでないのだが、自分の解釈であって事実ではないということを理解しておく必要はある。

そこを理解しておくことで、違う解釈をしている人に対して、その違いを認めることができるようになる。

新型コロナウィルスの流行という現象においても、現実に起こっている事実はどんなことで、それについていろんな解釈が存在しているんだ、ということを客観的にわかっておくことが必要だと思う。

自分の解釈が正しくて、違う解釈をしている人が間違えていると決めつけてしまうのは、良くないことだと思う。

人間は、よくわからないことに直面した時こそ、心理的なバイアスがかかりやすくなり判断を誤る傾向にある。
僕は、そのことを意識している。

解っていることと解っていないことを分ける

次に、ファクトとして明らかになっていることと、現段階では仮説にすぎなくて、事実として証明できてないことを分けることも必要だ。

現代はSNSが発達して、誰でも気軽に発信することができる。
SNSには、インフルエンサーという影響力を持った人たちがいる。
この人たちの中には、特に専門知識もないのに、自分の仮説を声高に発信する人たちがいる。
あくまでもその人の仮説であり、事実としての裏付けが取れていないようなことを、あたかも事実であるかのように喧伝しているケースも多い。

特に厄介なのは、SNSだけではなく、テレビにコメンテーターとして出てくるような人の中にも、自説を声高に言う人がいるということだ。

こういう情報に惑わされてはいけないと思う。

事実として明らかになっているのはここまでで、これ以上は仮説にすぎない。
仮説については、「これは仮説であって、事実はまだわかっていない。だから結論は保留しておこう。」という姿勢が大切だ。

何が事実として明らかになっているのか、何が仮説の域を出ていないのか。
それを冷静に分ける必要がある。

客観的(俯瞰的)および長期的に捉える

人それぞれ、このウィルスの影響を受けているに違いない。
人によっては、本当に大変な状態に追い込まれている人もいるだろう。

しかし、そういう時だからこそ、物事を客観的に、俯瞰的に捉えることが必要だ。
つまり、大局的にモノを見るのだ。

時間軸についても、短期的な視点だけではなく、長期的な視点でものを考える必要がある。
今日、明日のことばかりではなく、5年、10年というスパンでとらえることも必要になる。

視野が狭くなることによって、心理的な負担が大きくなる。
新型コロナウィルスによって、ストレスや不安を感じている人も多いだろう。

そういう人こそ、俯瞰的、長期的な視野を持って、大局的に物事を見てほしいと思う。

僕の新型コロナウィルス観

以上のことを踏まえて、僕がどのようにこのパンデミックを考えているかを書いていく。
最初に断っておくけれども、僕は専門家ではないし、これはあくまでも僕個人の解釈の話だ。
これが正しいというつもりもないので、一つの見方として参考にしていただけたら幸いだ。

致死率について

3月から5月にかけての第一波については、PCR検査を行う条件をかなり絞っていたので、感染者の補足がかなり絞られていた。
この影響で、重症化する人や死亡する人の割合がかなり高く出ていたと考えられる。

しかし、7月以降の第二波では、第一波の時よりもPCR検査を増やしているので、無症状の感染者の割合が増えていると考えられている。
その結果、感染者数が爆発的に増加しているのにも関わらず、重症者数、死亡者数もさほど増加していないのではないだろうか。

もちろん、新型コロナウィルスが何らかの変化をしている可能性も否定できないし、気候の影響もあるかもしれない。
しかし、この部分については仮説の域を出ていない。
今後の、専門家の研究結果を待つしかないだろう。

いずれにしても、現段階での致死率は、当初(武漢で感染が爆発した当時)に考えられていたもの比べれば高くはないというのが事実だろう。

政府に要望することがあるとすれば、どの程度の割合の人が、入院を要するような症状になるのかという具体的な数値を出して欲しいと思う。

コロナで苦しんだという証言をSNSを通じて行う人は多いし、そういう証言は拡散されやすい。
一方で、無症状の人は積極的に発信することは無いし、拡散されにくい。
つまり、情報として伝わってこない。

いったい、事実はどうなんだろうか。
それを知りたいと思う。

いずれにしても、経済を崩壊させるほどの対策をとらなければいけないほどの感染症なのかどうか、それを検証するうえでも正確な数値が知りたいところだ。

長期的な見通しについて

過去にパンデミックを起こした感染症の例を見ても、2,3年で終息しているものがほとんどだ。
もちろん、人類が対策方法を得ることによって、例えば、季節性インフルエンザのように、共存するという結果になっているものも多い。

新型コロナウィルスに関しても、おそらく2,3年もすればそういう方向へ進むと考えられる。

ワクチンや治療薬が開発されれば、インフルエンザと同等の扱いになるだろう。
こんな状態がずっと続くとは考えられないし、それでは、本当に経済がおかしくなってしまう。

人類は、何度もパンデミックを乗り越えてきた。
今回も乗り越えられるだろうし、過去の歴史的な感染症(ペストやスペイン風邪)などに比べれば、新型コロナウィルスは毒性も高くない。
間違いなく乗り越えられると考えている。

したがって、長くて2,3年の辛抱だろう。
その間は、諦めて待つしかないし、待てばまた元通りの生活ができるようになる。
長い人生において、そういう時期があっても良いではないか。
長期的な視野に立てば、大したことはないと考えている。

ピンチはチャンス

むしろ、この機会をチャンスと捉えて、よりよい社会を作るきっかけにしたほうが良い。

テレワークが進んで、働き方が根本的に変わるかもしれない。
今までは、労働時間で労働力の評価がされてきた慣習があったが、それが改善されるかもしれない。

また、都市の一極集中を改善する機会になるかもしれない。

これをチャンスと捉えることはできるのではないだろうか。

感染者を叩く意味は無い

一つ残念なことがあるとすれば、感染した人を非難する人が一定数いるということだ。
不幸にして感染してしまった人を攻撃したところで、事態が良くなるとは考えられない。

相手は目に見えないウィルスだ。
どんなに注意をしていても、感染してしまうリスクはあるのだ。

また、感染のリスクがある中で、私たちの生活を支えるために働いている人たちがいる。
そういう人たちですらも感染した場合には、非難する声が上がることがあるのはとても残念だ。

不安な気持ちはわかるが、感染者を非難しても自分が感染するリスクが減るわけではない。
ただ、自分の不安な気持ちをぶつけて発散しているだけだ。
むしろ、自分が感染した時には、今度は攻撃される側になるわけであるから、感染するかもしれないという不安な気持ちに拍車がかかってしまう。
むしろ逆効果であることに気がついて欲しい。

この感情のせいで、人々の不安はますます高まってしまう。
今や、新型コロナウィルスに感染することよりも、感染して攻撃対象になることのほうが怖いと感じる。
もう少し、冷静な対応をしたいものだ。

まとめ

新型コロナウィルスについて、今思っていることをまとめてみた。

僕自身は、最後に書いたように、非難の対象になることを避けたいと思っている。
自営業だし、仕事に影響が出てしまう。
そうなれば、一緒に働いている仲間や、クライアントにも迷惑をかけてしまう。
それは避けたい。

なので、少しでも非難されるような行動は避けたいと思うのだ。
万が一コロナに感染したとしても。

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