幸せな人生の作り方-主体的に生きる

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「あなたは幸せになりたいですか?」
こう聞かれて、「なりたくないです」と答える人はまずいないだろう。

じゃあ、どうすれは幸せになれるか、その方法をご存じだろうか。
その方法はとてもシンプルで、「主体的に生きる」ということに尽きる。

自分にとって何が幸せなのか。
その幸せを実現するためには、どうすればいいのか。
自分の頭で考えて、自分で行動を起こして、自分で作り上げていく。
それが、幸せな人生というもの。

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他人に植え付けれられた価値観を手放す

「主体的に生きる」というのは、言葉にすればとてもシンプルで簡単なことのように思うのだけれど、実行に移すのはなかなか難しい。

それを難しくしているのは、私たちは子どもの頃に、他人からいろいろな価値観を受け付けられているという事実があるからだ。

それは親の価値観であったり、学校の価値観だったり、世間の価値観だったりする。

子どもの頃は、右も左もわからない。
自分はとても未熟だし、親をはじめとする大人たちに守ってもらわなければ生きていけない存在だ。
そんな状態で、周りの大人たちにいろいろな価値観を植え付けられる。

周りの大人たちも、悪気があってやっているわけではない。
社会で生きていくために必要であろうと思われることを、子どものためだと思って、ある価値観を植え付けていく。
これを避けることは不可能だ。

そして、未熟で純粋な子供たちは、それが「正解」であると思い込み、その価値観を受け入れていってしまう。

これを避けるためには、大人たちが特定の価値観をなるべく植え付けないような教育をしなければいけない。
このような教育が、今の日本では全くされていないと思う。
一方的に、大人の価値観を植え付けていく。
そういう教育をされていることが多い。

一度植え付けられた価値観、世界観を手放すのはとても難しい。
まずはその違和感に気付く必要があるし、それを捨てるには勇気がいる。
なぜなら、その教育を施した親や周りの大人たちを困惑させることになるからだ。
場合によっては、叱責されたり、失望されたりすることもあるだろう。
自分自身も不安になったり、葛藤したりすることだろう。

それでも、主体的に生きるようになるためには他人の価値観を手放すことが必要だ。
その際には、ある意味で生みの苦しみを味わうこともあるだろう。
それが原因で、人によっては精神的に病んでしまうかもしれない。

しかし、それは自分が幸せな人生を手に入れるための大事なステップなのだ。
苦しいところに差し掛かっている人は、幸せな人生に転換するための苦しみなのだと理解してほしい。

自分にとっての幸せとは何かを明確にする

幸せの定義は、人によって違う。
それこそ、主体的に決めていいし追い求めていい。

人生に何を望むのか。
どんな人生だったら、自分は幸せを感じることができるのか。

幸せというのは、ある特定の状態を表すものではない。
「幸せだなあ」という感覚を味わうことだ。

「幸せ」は「感覚」なので、非常に個人的なものなのだ。
他人に決められるものではない。

自分がいったいどんな時に幸せを感じるのか。
それを明確に意識して感じることで、自分にとって本当に大切なものが見えてくる。

自分にとって理想的な状態というのはどういう状態なのか。
目指すべき状態が明確にならなければ、どこに向かえばいいのかがわからない。
どこに向かえばいいのかがわからなければ、今何をすればいいのかもわからない。

ただ、人生という時の流れを漂っているだけの、目の前に流れてきた状況に対処するだけの、行き当たりばったりで受動的な人生になってしまう。

それで果たして、自分の望むような人生が歩けるだろうか?

人生の方向性が明確になれば行動が決まる

自分がどうしたいのか、どうありたいのか、人生の方向性が明確になれば、今、何をすればいいのかがわかるようになる。

あとは行動に移すだけである。

会社や学校や行政など、様々なシステムに合わせて生きるのではなくて、自分が主体的にそういったシステムを利用するという意識になる。

仕事は押し付けられるものではなく、自分から主体的に選び、あるいは創造するものになっていく。
当然のことながら、仕事に取り組む姿勢が変わっていき成果も出やすくなる。

自分の価値観を知りビジョンを明確にする

自分にとっての幸せな人生を明確にイメージする、ということは、別の言い方をすれば、自己の価値観を知りビジョンを明確にするということ。

こう書くと、なんだかビジネス用語みたいで僕はあんまり好きではない。

むしろ、夢とか幸せという言葉を使いたい。
とくに、人生の話をするときには。

でも、ビジネスマンには、ビジョンとかミッション(使命)とか、そういう言葉のほうが伝わりやすいのかもしれない。

ビジョンもミッションも、自分で掲げたものでなければ意味がない。
そうでなければ、主体的とは言えない。

まとめ

人生の目的地を明確にしている人はどれくらいいるのだろう。
それも、他人から与えられたものではなくて、自分で設定した人はそんなに多くはないのかもしれない。

少なくとも、メンタルを病む人は、ここがあいまいだったり、常識という名の正解に縛られていたり、他者の評価を気にして受動的だったりする。

自分で決めること。
これがとても大切なんだと、声を大にして言いたい。

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