人生をシンプルに俯瞰してみる-人生の本質

子ども笑顔 エッセイ
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この20年、心理カウンセラー・スポーツトレーナー・整体師として活動してきて、人の健康のことを考え続けてきた。

整体師的には、健康を常に俯瞰的に見てきた。
一つの分野を突き詰めていくのではなく、全体をバランスよく見ていくのが、整体師としての視点。

筋肉や骨格はもちろんのこと、疲労、休養、栄養もすべて考えることの重要性。
自然治癒力から自律神経、メンタルへと興味が広がり、心理カウンセリングから人生の問題へ。

本当にいろんなことを勉強してきたので、ここらで自分の頭の中を整理してみたいという欲求が強くなってきた。
だけど、いろんな知識や経験が複雑に絡み合っているので、どう整理していいのかわからない。
切り口によって違うまとめ方できるし、何を主張するかによっても違ってくる。
これはもう、簡単に整理するなんてことは不可能なのかもしれないと、諦めることにした。

結局、人間の悩みことというのは、人生の悩みなんだよね。
人生とはどういうものなのか、という切り口で考えてみることにした。

そのために、まず人生をシンプルに俯瞰してみた。

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人生をシンプルに俯瞰する

そうしたら、人生ってこんな流れなんだよ、たぶん。

何もないゼロの状態(誕生)

教育(家庭、学校、その他)

仕事

社会貢献

幸せ

やっぱり、人生の目指すところは、幸せになることだよね。

スタートラインはみんな違う

私たちは、人間はみんな平等だと教わるから、なんとなく人生のスタートラインはみんな同じだと思いがちだけれど、実は違うんだよね。
生まれた場所や家庭環境も違うし、持って生まれた性質や能力も違う。

本当は違うところからスタートしているのだから、他人と比較すること自体がナンセンスなんだけれども、ついつい比較されてしまうし、自分でも他人と比較してしまうようになるんだよね。

でも、これが大間違いだってことは、心にとどめておいて欲しい。

目的は「幸せになること」

人生において、目指すのは幸せになること。
これに異論を持つ人はいないと思うんだけれど、じゃあ、「幸せって何?」と言われると、なかなか難しい問題だと思う。
でも、僕はある程度の結論が出ていて、それは、「いい人間関係に恵まれること」だと思っている。

この件については、過去に書いた記事を参照してほしい。

人は人に癒やされ、人に恵まれて幸せになる
外出自粛生活が長引き、孤独を感じている人が多いのではないだろうか。孤独は人間の健康を著しく気づつけ、人生を味気ないものにしてしまう。人が幸せに生きていくためには、人とつながることが大切なのだ。こんな時だからこそ、積極的に人とつながって欲しい。

この記事の中で、ハーバード大学の成人発達研究について書いたんだけど、結論としては、人間関係の質がその人の幸福と健康に大きく影響しているというもので、僕はこの研究結果に異論はない。

地位とか名声とか富とか、そういうものではないんだ。

仕事について

人間に限らず、動物が生きていくには、食べる必要がある。
食べ物を手に入れるために働かざるを得ない。

人間という動物は、集団(社会)を作り、役割分担をすることによって、一人では到底できないことをやってきた。
一人では倒せない獲物をしとめたり、一人ではできないような広大な土地を耕したり、多くの発明をして文明を発達させ、地球上で強大な力を持つようになった。

すなわち、人間にとって仕事とは、社会の役割分担の一翼を担うということ。
そして、社会に対して貢献することによって、社会で生きていけるようになる。
それが、人間にとっての仕事ということになる。

社会貢献をすることで、自己有用感を感じることができるようになる。
そして、周りの人たちから感謝され、愛される存在になる。
それは、ただ単に食べ物を得ることだけにとどまらず、幸せを手に入れる手段でもある。

この場合、お金は関係ない。
その人の存在が、ほかの誰かの生きる糧になっているのであれば、いわゆるお給料が発生しなかったとしても、その人は社会に対して貢献していると言えるだろう。

例えば、障害や病気などによって収入を得られるような仕事に就けなかったとしても、その周りにいる人たちに生きがいを与え、働く場を作り出すための存在になっている。
それは、社会貢献をしていると言えるのではないかと僕は考えている。

そう考えると、この場合の仕事とは、その人の存在そのもののことであると言ってもいいかもしれない。

教育とは

仕事が社会貢献であるとするなら、教育は何なのだろうか。

教育の目的は、何も知らずにこの世に生まれてきた子どもたちに、幸せな人生を歩いてもらうために行われるものだと思う。
社会がどのように成り立っていて、幸せとは何なのかを学ぶことが教育の本質なのではないか。

ところが、現在の日本の学校教育では、どうしても受験に重きが置かれてしまう。
受験に必要な教科に比重が置かれ、それに向かって努力することが褒められる。

勉強が得意ではない子どもにとっては、自分の能力は低い、自分の価値は低いという誤ったセルフイメージを植え付ける危険性があると思っている。

昨今、不登校の子どもたちが増えていることが問題視されているが、これだけ価値観が多様化してきた世の中に対して、学校というシステムがその多様化に応えられていないからだと僕は考えている。

これはシステムの問題で、そのシステムの中で働く現場の先生方にもしわ寄せがきているのは間違いない。
この問題は、社会全体で考えていかなければならないだろう。

受験で良い成績を取るのは、無限にある人生のルートのうちの一つに過ぎない。
すべての人がそのルートを通るわけではない。
そのルートを通れなかったとしても、幸せになるルートは無限にあるのだ。

別のルートが無限にあるということを教えるのもまた、教育の大切な役割だと思う。

まとめ

以上、人間の人生について僕の考えを書いてみた。

人は、その存在自体で、すでに社会に対して何らかの貢献をしている。
したがって、存在する価値のない人間など存在しない。

社会に対して貢献しているという感覚を持てる人が幸せなのだと思う。
その感覚を持つには、自分の身近な人から愛されることが最もわかりやすい。
つまり、いい人間関係に恵まれる事こそが、その人の幸せにつながるのだ。

人生の目的は幸せになることだ。
そして、すべて人間はすでにその資格を持っているのだ。

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