人生に正解は無い。戦略があるだけだ。

ブレインストーミング マインドセット
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悩める人は「正解」を欲しがるし、「正解」にこだわる人は悩む。

例えば、人生の分岐点に差し掛かった時、どの道に行くのが「正解」か?と悩むと、自分の気持ちや向き不向きなどは関係なくなってしまう。
あるいは、理不尽な扱いを受けたときに、断固戦うのがいいのか、逃げるのがいいのか。
そんな時に、自分は逃げたいのに、戦うのが「正解」だとして断固戦って傷だらけになってしまうとか。
もしくは、逃げてしまった自分を恥じて、自分を責めてしまうとか。

あるいは、他人から正解を押し付けれることもある。
「お前のやり方は間違っている。正解ではない!」と糾弾される。

その逆もある。
他人に正解を押し付ける。
そして、人間関係が壊れていく。

そうやって、人は悩む。
正解にこだわるがあまり、いろいろなトラブルが起こり、心身が疲弊していくのだ。

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正解は一つだが戦略は沢山ある

僕は、人生に正解は無いと思っている。
ただ、戦略があるんだと思う。

「正解」というとたった一つしかないというイメージだけど、「戦略」は沢山あるよね。
自分が得意とする戦略、自分が勝てる戦略、自分を守るための戦略。

ある人に向いている戦略が、自分には向いていないということもあるだろう。
その人の持っている資質や武器、さらには背景や状況の違いによって変わってくるのが戦略だ。

現状を分析し、自分の戦力(性格、能力、資質など)を理解し、どういう戦略を立てどこを攻略するのか。
そう考えれば、自分に合わない戦略は良い戦略ではないということに気がつくだろう。

人生は、人それぞれで、他人と比較することではない。
みんなと同じように生きていくのが、良い人生とは限らない。
そういうこともわかってくる。

戦略という言葉は主体的に生きていくイメージがある

人生の主人公は自分だ。
自分が主体なんだ。

だから、幸せな人生を歩くためには、主体性というのはとても大切なのだ。

「戦略」という言葉には、主体的に生きていくというイメージがある。
自分で戦略を立てて、前向きに、ワクワクしながら生きる。
オリジナリティがある。そんなイメージだ。

一方で、「正解」という言葉には主体的なイメージは無い。
型にはまる、窮屈、ワクワクしない感じがする。
今の日本社会で、生きづらさを感じている人が多いのは、この「正解」を教え込まれているからではないかと僕は思っている。

人生はオーダーメイド

人生って、その人にしか合わないぴったりの服を作るのに似ていると思う。
その服は、その人にとってはとても着心地が良くて素晴らしい服なんだけれど、ほかの人が着るとどうもしっくりこない。

整体師としてたくさんの人の体を触る機会があるけれど、誰一人として同じ体の人はいない。
だから、オーダーメイドの服のほうが良いに決まっている。

でも、多くの人は、人生を既製の服(いわゆる「吊るし」)から選ぶようなイメージになってはいないだろうか?

戦略を考えるのはオーダーメイドの服を作る感覚だし、正解を求めるのは吊るしの服を選ぶ感覚に似ているような気がするのだ。

どっちのほうがしっくりくるだろうか?
やっぱり前者だと思うだけれど、どうだろう?

まとめ

人生に正解は無い。
正解を求めて苦しんでいる人は多い。

正解を求めるのはやめて、自分がイキイキと生きていける人生の戦略を考えよう。
この時代を、この社会をどう泳いでいったら、楽しい人生になるだろうか?

戦略は無限にある。
あなたはどんな戦略をとるのだろうか?

私と一緒に、人生の戦略を考えませんか?
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