ドリームキラーに自分の可能性を決めさせるな!

指をさす女性

今日も、自分の頭の中を整理するために書く。

先日、あおぞら整体院にやってきたお客様の話を聴いていて、なんか、久しぶりにドリームキラーという言葉が頭に浮かんだ。

僕がうつ状態に陥った頃には、よくドリームキラーという言葉を見聞きしたけれど、最近はあんまり聞かないような気がする。

最近聞かないのは、こういう言葉って、やっぱり流行りすたりがあるからだろうと思うけれど、それはドリームキラーが減ったとというわけではなくて、そういう言葉が使われなくなただけで、実際には蔓延しているよいう印象を受ける。

実は、事態はもっと深刻化していて、みんなが夢を持ていないような空気が蔓延していて、夢を見る人が減ってきたために、ドリームキラーという言葉すらも使われなくなってしまったのではないか、とすら感じる。

夢は生きる原動力だと思う

そのお客さんは、30代の女性なんだけど、彼女曰く、「もう若くはないから今から新しい事を始めるにも遅すぎるし、そういう若さもエネルギーもない。今は仕事もあるし、それだけでも恵まれていると思うようにしている。」というような話をしていた。

学んでみたいことはあるけれど、それを学んでもお金にならないと思うし、お金にならないことにお金をかけるのは無駄じゃないかと親をはじめ、周りの人に言われるし、自分でもそうかもしれないと思う。

そんな、夢も希望もないような精神状態で生活をしているような話をしていた。

今僕は、54歳だけど、僕自身はまだまだ、やりたいことが沢山あるし、僕の周りにはいい歳をして夢を追いかけている人たちがいっぱいいる。
この女性はまだ30代なのに、もう若くはないと言って諦めている。

この違いは何だろうか、と思う。

夢をもってきている人は、いくつになっても輝いている。
夢を持たない人は、若くても暗い顔をしている。

夢というのは生きる原動力なんだと、改めて思う。

お金にならないことは無駄なのか

それから、気になったのは、お金にならないことにお金をつぎ込むのは無駄だということをいう親の存在。

これこそが、ドリームキラーそのものだ。
しかも、30代になった自分の娘に対して、まだ、このようなことを言う親がいるという事実。
そして、その意見に流されて、自分でもそう思う、などと考えてしまうところも、ちょっとなあ、という感じ。

こういう風に考える人が、この社会には多いんだろうなあ、と感じる。

お金だけが生きる目的なのか

お金って何だろう。
それは、価値を交換するための手段に過ぎないんだよね。
目的ではなくてね。

本当に欲しいものは、価値なんだよ。

だから、価値を得られるなら、お金を払うのは無駄なことではない。
それがお金にならないモノでも、自分が価値があると思えるものなら、それは無駄ではないよね。

幸せを感じられたり、生きる原動力になるのであれば、それがお金を得られるものではなくても、価値はあるんだよね。
その価値を得るために、お金を使うことは無駄なことではない。

お金は目的ではなくて手段なんだ。
目的と手段を混同してはいけない。

いったい自分は何を手に入れるためにお金が必要だと考えているのだろうか。
そこをしっかりと、意識しておかなければいけない。

何かを始めるのに遅いということはない

お金を稼ぐことが目的ではないのであれば、何かを始めるのに遅いということはない。
やりたいと思った時が始めるときだと思う。

それに、10年もやってみれば、その道ではいっぱしの専門家になるよね。
いま、30代なら、40代には専門家になっている。

決して、彼女が何かを始めるのに、すでに遅すぎるということはないよね。

自分の可能性に蓋をするな

僕は、自分の子どもにも言っているんだけど、自分の可能性に自分で勝手に蓋をするようなことはしてはいけないと思っている。

その時点で、それ以上の自分にはなれないから。

やってみなければわからないよね。
でも、やる前から自分の限界を決めてしまったら、そんなにもったいないことはない。

もちろん、やってみたら出来なかった、ということもあるだろう。
でも、それは、やってみたからわかること。

やってみないうちから、自分の可能性の限界を決めないことが大切だ。

他人に自分の可能性を決めさるな

ましてや、自分以外の人に、勝手に可能性を否定されるようなことを言わせておいていいのか。
その言葉に、やる気をそがれてしまって、それでたった一度の人生を左右されてしまっていいのか。

この世は、無責任なドリームキラーがあふれている。
誰も、あなたの人生に責任を取ってくれる人はいない。

みんな、無責任にいろんなことを言ってくるんだ。

でも、自分の可能性に蓋をしてはいけない、自分の可能性の限界を設定してはいけない。

夢を持って生きよう。
夢を見る力は、人生を歩いていく原動力になる。

まとめ

変に賢くなって、自分の可能性に蓋をして、夢を見ることをあきらめて、苦しんで生きている人が多い。

僕は、そういう人を減らしたい。
みんなが、自分の可能性を信じて、面白おかしく生きていくような社会を作りたい。

ドリームキラーが一人でも減るように。
人の夢を嗤う人が一人でも減るように。

楽しい人生を歩く人が、一人でも増えるように。