理不尽なことが起こるのが人生だ-だからこそ悔いのない生き方をしよう

山 絶景を望む
Andreas Chu

僕は来月で55歳になるんだけど、50歳ぐらいになってようやく、人生を俯瞰的に見ることが出来るようになってきた。

僕のこれまでの短い人生でも、本当にいろんなことが起きた。
オイルショックも、バブル崩壊も、元号は二回も変わったし、911も、リーマンショックも、311も、本当にいろんなことがあった。

個人的にも、転勤して福岡に行ったり、会社を辞めて一年間引きこもったり、結婚したり、開業したり、双子が生まれたりした。
友達とか知り合いとか後輩とか、若くして逝ってしまった人たちもたくさんいる。

「人生山あり谷あり」「人間万事塞翁が馬」良いこともあるし悪いこともある。
理不尽なこともあるし、ラッキーなこともある。
それでも生きていくのが人生だし、死ぬまで人生は終わらないし、死んだ時が人生の終わりの時なのだ。

コロナも人生の1ページに過ぎない

だからね、何が言いたいかというと、今大変なことになっている新型コロナウィルスのパンデミック騒ぎだって、そういう人生に起こる沢山の出来事のうちの一つだってこと。

もしあなたが、運よくこの危機を生き残ることが出来れば、それは自分の人生の歴史の1ページになるわけだし、もし不幸にも、自分の周りの人が命を落としたとしても、それも自分の人生の一部なわけだし、自分が命落としたとしても、その人の人生の最後の出来事になるだけの話なのだ。

人生って、そういう、理不尽なものなんだと思う。
そもそもね。

いつどこで何が起こる変わらない。
ある日突然、出来事が向こうからやってくるわけさ。
自分が想定していなかったようなことが。

そういうことを受け入れる覚悟みたいなものが、生きていくうえでは必要なんだと思うな。

だからこそ、だからこそね。
悔いが残らないように生きてほしいわけ。
我慢しないでほしいわけさ。
周りの人の顔色をうかがって、周りの人に気を使って、自分がやりたいことを我慢するような生き方はしてほしくないわけ。

もちろん、今のこの状況で、コロナを拡散させるような行動は慎むべきだと思うよ。
だけど、この騒動が沈静化したら、自由に生きてもいいんじゃないかと思うんだよね。
この危機を生き残った者としてはさ、残りの人生を悔いのないように生きてもいいんじゃないかと思うんだ。

コロナを機に世界の価値観が変わる

このコロナ騒動によって、世界中の人たちの価値観が大きく変わるだろう。
おそらく、生命の危機を感じた人が多いと思う。
人生について考えた人が多いだろう。

冨や財産よりも、やはり命のほうが大事だということを意識したと思う。
健康の大切さを感じただろうし、身近な人たちの幸せを願っただろう。
そして、自分の健康と生き方を見直した人もたくさんいると思う。

働き方も確実に変わる。
確実にテレワークが浸透していき、通勤時間や過去の慣例や形式的な会議などの無駄がわかった人も多いはずだ。

長い目で見れば、大きなターニングポイントになる。
あなたの人生にとっても。

だから、今は目の前の小さなことで悩むのはやめよう。
不安も心配もあるかもしれない。
でも、長期的な視野に立って、今何が起ころうとしているのかを冷静に見つめよう。

私たちは、歴史的な出来事に遭遇しているのだ。
世界がどのように変わっていくのか。
自分の人生がどのように変わっていくのか。

それを、きちんと見極めていこう。

まとめ

人生には理不尽なことが起こるのが当たり前。
コロナによって、人生の変更を余儀なくされる人もいると思う。

でも、長い目で見よう。
俯瞰的に眺めてみよう。
目の前の心配事に心を奪われるのをやめよう。

きっと、世界は変わる。
自分の人生も変わる。

どうせなら、いい方向へ変えていこう!