その言葉は誰に向けてのメッセージなのか

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誰かが発するメッセージは、必ずその発信者がイメージしている受けてがいる。
その受けては誰なのかによって、発するメッセージが変わってくる。

万人に向けて発するメッセージなどというものは存在しないと言ってもいいだろう。
必ず、どこかの誰かに向けて発しているものなのだ。

それはなぜか?
人によって状況は様々なので、ある特定の状況を設定しなければ、メッセージなど発することはできないからだ。

僕のブログも、もちろん、ある特定の人に向けて発している。
だから、僕の言葉が届かない人、響かない人がいて当然なのだ。

たまにそういうマイナスの反応をもらうこともあるけれど、僕はそれでいいと思っている。
響かない人というのは、僕が想定しているターゲットではないからだ。

メッセージを受け取る時の注意点

誰かが何かを発信している。
そのメッセージをどのように受け取ればいいのか。

自分に向けられたメッセージとは違うものを受け取ってしまうと、それで苦しくなったり、迷ったり、判断を誤ったりする。
一体そのメッセージは誰に向けて贈られたものなのか。
そこを考えることが重要なのだ。

例えば、マラソンランナーの高橋尚子さんが、シドニーオリンピックで金メダルを取った後に、「諦めなければ夢はかなう」という発言をあちこちでしていたことがある。

彼女は誰に向かってそのメッセージを発したのか。
それは明らかに、彼女の背中を追いかけてくる後輩たちや、夢を追いかけている若い人たち、夢をあきらめていない人たちに向けてのメッセージだった。

しかし、僕は当時、うつ状態に陥って会社を辞めて、少しゆっくりと生きていこうと思っていた時期だったので、この言葉が苦しくて仕方がなかった。
人生には、「諦める」ことも必要だし、諦めることによって次の道が見えてきたり、別の選択肢を選択できるようになる。
結果的には、そのほうが良い場合だってある。
そんな風に考えていた。

つまり、彼女は僕に向かってメッセージを発していなかった。
彼女メッセージは、夢を追いかけている人たちにとっては、素晴らしいものだったに違いない。
それに対して、僕のようなものが異論を唱えても仕方がない。

ただ、僕は、苦しんでいる人に向かって、「諦めることも大切だよ」と言いたかったのだ。

そう、メッセージを発する相手が違うのだ。
だから、言葉が違ってくる。

Twitter上にあふれる罵詈雑言

Twitterをやっていると、クソリプといわれるなんとも不毛な反応をもらうことがある。
これはもう、言いがかりとしか思えない、屁理屈の応酬になる。

そういうやり取りを見ていると、なんとも不毛だなあと思うし、エネルギーと時間の無駄だと思う。

誰かが発した言葉は、必ず想定する相手がいる。
自分に響かない言葉は、自分に向けて発したのではないと思えばいいし、意見が合わない人とは見ている世界が違うのだ。

それにいちいち反応していたのでは、メンタルが持たない。

自分を苦しめる言葉を受け取るかどうか

世の中には、自分を苦しめる言葉がたくさんある。
そういう言葉に触れたときにはどうすればいいだろうか。

もちろん、自分の悪いところを正すチャンスであると受け取ることもできる。
違う視点を得た、と受け取ることもできる。
今の自分には必要のない言葉である、自分に向けられたものではないと、無視をすることもできる。

それを受け取るかどうかは、自分で決めていいのだ。

わざわざ自分を苦しめる言葉を受け取る必要はない。
それは、結果的に自分で自分を苦しめていることと変わりはない。

自分で決めるためには、自分の頭で考えることが必要だ。
自分の頭で考えて、自分で判断する。

誰かの言葉を鵜呑みにしていては、そういう判断力は身につかない。
自分の頭で考えることを放棄して、どこかに正解らしきものがあると思っているのもだめなんだ。

まとめ

万人にあてはまるメッセージなどない。
そのメッセージは、自分に向けられたものなのかどうか。
それを判断しなければいけない。

その判断は、自分の頭で考えることによって、出来るようになる。
結局は、自分の頭で考えて、自分の意見を持つことが大切なのだ。

正解を探してはいけない。
自分で考えて、自分なりの正解を導き出さなければだめなんだ。